おちゃらけミクロ経済学: 比較優位
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2012年10月5日金曜日

自由貿易の条件

比較優位は経済学における重要概念




5回のシリーズものとして、比較優位の概念について説明してきました。
この概念は、世の中の出来事を分析する経済にとって、非常に重要な概念のひとつです。




管理人が、ふだんミクロ経済学のテキストとして使っている、



  • 「クルーグマンミクロ経済学」
  • 「マンキュー経済学第2版Ⅰミクロ編」


では、最初の方で紹介されています(クルーグマン→P36、マンキュー→P75)。



比較優位のための自由な市場




もっとも、自由な取引ができる「場」がないと、比較優位の考え方は、使えません。
ここでいう「場」というのは、リアルな売り買いの場(穀物市場や株式市場)だけではありません。
ある財やサービスについて、売り買いができると、人々が信じている、
仮想上の概念も含まれます




もし、人々が、ある財やサービスについて、自由に取引ができないと思ってしまうと、
どうなるでしょうか?



おそらく、食料も、衣料品も、住居も、何かも、自分で作って
自給自足の生活をはじめようとします。
肉屋さんが、Tシャツを縫い始め、アパレルメーカーのバイヤーが、電動ノコギリを持ち出し、
住宅メーカーの営業マンが、牧畜業に手を出すことになります。









確かに、今の世の中、それぞれ畑違いのことをやる方は、大勢いらっしゃいます。
でも、それは趣味に限っての話。みんなが、「生きるため」に、真剣に自給自足の生活
はじめ出したら、エライことになります。




なぜなら、人々は得意なことに特化して得られるはずの利益を損なってしまうからです。
ちょうど、こんな感じになります
比較優位と機会費用より引用)



縮小する食料確保量と消費量その1






縮小する食料確保量と消費量その2



縮小する食料確保量と消費量その2



自給自足生活のデメリットとは?



中には、「それでもええやん!」とおっしゃる方が、いらっしゃるかも知れません。
ですが、一度、自由貿易の恩恵に浴して、その後、自給自足の生活に移そうとなると、
たくさんのデメリットが、発生します!




経済学風に需要と供給の法則にもとづいて説明すると、
それぞれの曲線に、くさびが一本、打ちこまれることになります。
そうすると、価格と数量の均衡が取れなくなります。



文章のみで説明すると、分かりにくいですね???r(・x・。)???
次回は、当ブログ名物の作図で、表してみましょう。
(つづく)





【比較優位のための関連エントリ】
比較優位の含意
比較優位と機会費用
比較優位と取引利益
比較優位と取引
比較優位と自由貿易




2012年10月3日水曜日

比較優位の含意

比較優位のポイントは3つ




前回のブログで、絶対優位と比較優位の考えについてご説明いたしました。
今回は、後者の比較優位の含意を考えてみましょう。ポイントは3つです。
1つずつ解説していきましょう。



比較優位と機会費用を考えてみよう


1つ目のポイント



  • 「2人が、得意分野の生産に特化すれば、経済の総生産が増加する」

これは、当ブログの愛読者(?)の方であれば、もうすでにご存じでしょう(笑)
こちらは、前回前々回のブログをご参考ください。



2つ目のポイント



  • 「それぞれが、2つの財について、異なる機会費用を持つ限り、誰でも何かの財について、比較優位をもち、何かの財について、比較劣位をもつ」


抽象的な言葉を並べましたが、
要は、算数の時間で習った、「分数の逆数」を思い出してください。
ロビンソン、吉之助ともに、魚とバナナの機会費用は、ちょうど逆数の関係にあります。




【2人の機会費用の交換レート】


ロビンソン:バナナ3/4房⇔魚4/3匹
吉之助:バナナ2房⇔魚1/2匹



比較優位は逆数の関係


比較優位は逆数の関係




ロビンソンは、魚捕りについては、「名人」だといえますが、バナナの収穫は、「下手くそ」です。
逆に、吉之助は、魚捕りについてについては、「下手くそ」ですが、バナナの収穫は、「名人」です。
両者ともに捕まえた魚の数や、収穫したバナナの本数そのものを、
比較しているわけではありません。





3つ目のポイント



  • 「比較優位の概念は、漂流者だけでなく、国際間の交易にも拡張できる」



比較優位の概念が、絶海の小島のみで適用できるアイデアであれば、
単なる空想上のアイデアです。しかし、実際には国際間での、
貿易の原因と効果をかんがえるための、分析ツールとなります。





ちなみに、3つ目の含意の中で、管理人が強調したい部分は、3番目のポイントです。
当ブログで紹介したアダム・スミスが、「アイデア」を考え、
デービット・リカードという人物が、自分の国会議員としての活動に活かしました。









そういうわけなんで、今度は、比較優位の前提となる、
自由貿易についてブログを書いてみることにしようっと。
(「比較優位」シリーズ終わり)




2012年10月1日月曜日

比較優位と機会費用

比較優位をグラフで表してみよう




絶海の小島の漂流してきた2人が、魚捕りやバナナ集めについて、
それぞれの得意分野に特化して、取引をすると利益が生じます前回のブログ)。
前回は、で説明しましたが、今回は関数のグラフとして表現してみましょう。






グラフの違いをよく見てみよう!




取引後のロビンソンの食料確保量と消費量



取引後のロビンソンの食料確保量と消費量



取引後の拡張した吉之助の食料確保量と消費量


取引後の拡張した吉之助の食料確保量と消費量



2人とも食料確保量と消費量が右側に拡張しています。
これを「取引による利益」と丸めた説明で終えることも可能です。
しかし、それでは当ブログを書いている管理人自身が、モヤモヤ感を残してしまいます。


絶対優位と比較優位



ここで、絶対優位比較優位の違いについて考えてみましょう。



絶対優位

(単なる数量勝負なら コチラ !)


◆ロビンソン
バナナの収穫も魚捕りも、吉之助よりたくさんの量を確保できる。


◆吉之助
バナナの収穫も魚捕りも、ロビンソンよ少ない量しか確保できない。


●魚捕りについて
ロビンソンの最大確保量は、80匹。吉之助の最大確保量は40匹。


●バナナの収穫について
ロビンソンの最大確保量は、60房。吉之助の最大確保量は40房。



【絶対優位による結論】
ロビンソンは、バナナの収穫も魚捕りも、「絶対優位」にある。
吉之助は、バナナの収穫も魚捕りも、「絶対劣位」にある。



比較優位

(取引利益を得るならコチラ!)


◆ロビンソン
魚1匹を捕まえるために、バナナ3/4房をあきらめなければ(支払わなければ)ならない。
バナナ1房を収穫するために、魚を4/3匹あきらめなければ(支払わなければ)ならない。


◆吉之助
魚1匹を捕まえるために、バナナ2房を(支払わなければ)ならない。
バナナ1房を収穫するために、魚を1/2匹あきらめなければ(支払わなければ)ならない。


●魚捕りについて
魚1匹を得るために、ロビンソンの方が費用効果が良い。
あきらめなければならないバナナは3/4房で、吉之助の2房と比べて、費用が少なく済む。


●バナナの収穫について
バナナ1房を得るために、吉之助の方が費用効果が良い。
あきらめなければならない魚は1/2匹で、ロビンソンの4/3匹と比べて、費用が少なく済む。



【比較優位による結論】
ロビンソンは、魚捕りについて、吉之助と比べ、比較優位にある。
吉之助は、バナナの収穫について、ロビンソンと比べて、比較優位にある。



比較優位と機会費用について




比較優位の考え方を用いるとき、機会費用という概念が登場します。
これは、次の考え方にもとづいています。




「一方の食料を、一定量確保するために、もう一方の食料確保をどれぐらい
あきらめなけれればいけないか」





「比較優位」では、「機会費用」による費用効果を比較し、
ある一方の財の生産するために、犠牲にするもう一方の財をより少なくできることを
「優れている」と表現します。





(比較優位~バナナと魚の機会費用)






このように、両者がある財について、
「比較優位をもつとき、取引による利益が発生する」と言います。
(つづく)



2012年9月29日土曜日

比較優位と取引利益

1人で暮らすべきか?一緒に暮らすべきか?




前回のブログで示した、絶海の小島に漂流してきた、
2人の食料の調達状況を、再度確認してみましょう。




食料の確保量と消費量






この表を見る限り、ロビンソンは、吉之助と一緒に暮らすよりも、
1人で暮らしていた方が、絶海の小島でサバイバルできそうです。




ロビンソンにとってみれば、その方がバナナも魚もたくさん確保することができます。
わざわざ、吉之助と分け合わなくても、より多くの食料が確保できそうだからです。




しかし、経済学的な見地からすると、
ロビンソンは、吉之助と暮らした方が、より多くの利益を得ることができます。



経済学的な見地




集めるだけでなく取引することを考えてみましょう



冒頭で触れた表を拡張してみましょう。加える条件は2つです。




  1. 「食料集めは、魚とバナナのどちらか得意な方に特化する」
  2. 「食べきれない食料は取引する」


食料の確保量と消費量(取引した場合)



食料の確保量と消費量



取引による利益の説明




ロビンソン(魚捕り→×バナナの収穫→○)





80匹が最大確保量となり、うち56は従前通り自分で食べる。
20  は吉之助に渡す。4 は利益分とする。(80-56-20=4


  • バナナ


自分では確保せず、吉之助からバナナ20房をもらう。
18房を自分で食べて、2房は利益分 とする。(0+20-18=2



吉之助(魚捕り→×バナナの収穫→○)





自分では確保せず、ロビンソン から魚20匹をもらう。
12匹を自分で食べて、8匹利益分 とする。(0+20-18=8


  • バナナ

40 房が最大確保量となり、従前通り16房は自分で食べる。20房は吉之助に渡す。
4房は利益分 する。(40-16-20=4



機会費用と比較優位



ここで重要なポイントは、2人が、得意分野の食料を、取引していることです。
取引をすることによって、従前の量よりも、多くの食料を確保ていることです。
これを取引による利益といいます。




この一連の現象について、経済学的に丸めてみると、次のような表現になります。
「ある個人にとって、ある財の機会費用が他の人びとより低いとき、
その人はその財に比較優位を持つ」。

(つづく)



2012年9月28日金曜日

比較優位と取引

自由貿易の利益について考えてみよう




前回のブログで、「他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ」という本の引用を用いました。
そこでは、「なぜ自由貿易をすると利益が発生するのか?」というところで記事を終えました。
「おちゃらけミクロ経済学」で、おなじみの思考実験と作図で考えてみましょう


漂流者の食料集め




ある絶海の小島に2人の男が、漂流してきました。
2人の名前は、ロビンソンと吉之助です。









何の食料も持たずに漂流してきた2人にとって、さしあたって必要なのは、食料です。
周りを見渡すと、島にはバナナの木が自生し、周りの海には、魚がたくさん泳いでいます。
漂流して、数日間、2人とそれぞれバナナの実と魚を取って、食料としていました。




漂流者の食料集めを詳しく見てみよう




丸1日分の労力を使って、2人がおおむね確保できる食料と消費の状況を、
表とグラフにすると、以下の通りになります。




食料の確保量と消費量







ロビンソンは、魚捕りだけに専念すると、1日で80匹の魚を捕まえてくるようです。
バナナの収穫だけに専念すると、1日で60房のバナナが収穫できます。
魚が好きなロビンソンは、1日あたり魚56匹、バナナ18房、を集めるようになりました。





ロビンソンの食料の確保量と消費量



ロビンソンの食料の確保量と消費量




吉之助は、魚捕りだけに専念すると、1日で20匹の魚を捕まえてくるようです。
バナナの収穫だけに専念すると、1日で40房のバナナが収穫できます。
バナナが好きな吉之助は、1日あたり魚12匹、バナナ18房、を集めるようになりました。




吉之助の食料の確保量と消費量


吉之助の食料の確保量と消費量



比較は絶対数が行うべきか?



これらの表を見る限り、バナナの確保量も、魚の確保量も、吉之助の方が少ない状態です。
どうやらロビンソンは、吉之助と比べてサバイバル能力がとても高いようです。




ということは、これからロビンソンは、島のどこかに姿をくらまして、
1人で、バナナの収穫と魚捕りをしていく方がよいのでしょうか?
その方が、食料の少ない吉之助に足を引っ張られることもなく、サバイバルできそうな感じです。
ですが、そんなことはありません! ハズレ( ̄x ̄)乂ブッー!




ロビンソンは、吉之助と取引(交換)をすることによって、
1人で暮らすときよりも、多くの利益を得ることができます。

(つづく)






2012年9月25日火曜日

比較優位と自由貿易

Web上で巡回しながら読書してます




管理人は、日頃、twitterや読書管理サイトで
「なんかおもろい本、ないかなぁ」と
ネット空間で、ウィンドウショッピングしてます。
もっとも、気になる本を見つけたところで、ほとんどすべて図書館で借りてしまいますが(笑)





先日、「他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ」
(副題:リバータリアン政治宣言 ロン・ポール著 副島隆彦著 成甲書房)
というなんとも「刺激的な」タイトルの本が目についたので、借りて読んでみました。








「他人のカネで生きているアメリカ人に告ぐ」




この本の、レビュー自体はアマゾンに任せます。
管理人が、気になったのは、本文中の以下のくだりです。



"もし自分の町の住んでいる町でしか作られた製品しか買えない、
あるいは、自分の家庭で使うものすべてを自分の親戚以外からは買えないように制限したら、どうなるだろうか。このように自由な貿易を制限していくと、
制限そのものが私たちの生活を貧困にさせるという、しごく当然な結論が導かれる"
(同書P73)


本書はタイトルの通り、かなり 「刺激的な」内容です。
自由貿易の他にも、社会保障、軍事、税制など国政に関わる問題について、
事細かく、問題点をあげていきます。



ただし自由貿易による利益については、
「しごく当然な結論」とあっさり書いてしまってます。
つまり、自由貿易は、どんどんやってくださいということです。



それまで、著者のロン・ポールさんは、他の重要なトピックスについては、
かなりの紙幅をさいて、説明をされていたので、「意外とあっさり」というのが印象に残りました。
そこで、管理人は、自分がいつも使っている経済学のテキストを開いてみました。




経済学者の自由貿易に関する見解




いつも喧嘩ばかりしているように見える経済学者でも、自由貿易に関しては、
「輸入制限を課することは、取引利益を損なう」と、9割方のセンセイが賛成している
ようです。(注)



ということは、政治家も経済学者も、同意見ということは、お墨付きの理論なんでしょうね~。
でも「政治家と経済学者が言ってたから」という理由で、



「ハイ、わかった!つぎ!」となると、思考停止を招きます。
それにここで止めてしまうと、ブログも長続きしないので(笑)








そこでしばらくは、自由貿易が、なぜ利益をもたらすのかについて、
考えてみたいと思います。
(つづく)





(注)マンキュー「マンキュー経済学~ミクロ編第2版」(P48)より